Time after teime

いらっしゃいませ

右肩濡れて

「和葉、帰るんやったら入っていけや」
靴を履き替え、昇降口から一歩出た瞬間に、目の前でポン、と音を立てて傘が開く。
紺色で無地の、平次の傘。
「ありがとう…」
照れくさくて平次の目は見られずに、斜め下を向いて小さくお礼を告げた。


通学路の紫陽花が雨に濡れて雫を落としてる。
「平次、カタツムリやで!アタシ見るんめっちゃ久しぶりや!」
小さい子どもみたいにはしゃいで、足元は水たまりを避けながら平次の歩幅に合わせて歩く。
当たり前のように平次の傘の中、平次の左側を独占し、雨の中を並んでると
じめじめ、なんとなく憂鬱な梅雨真っ只中でも、頬が緩んでしまうん。
明日も明後日も雨でいいかもな、なんてことを思ってると
つい、にやけてしまいそうや。
こんな小さなことで幸せになる…そう、アタシはえらい単純なんよ。
 
 
「平次、傘持ってきたんやね…」
「朝から雲っとったし降りそうな空やったろ」
「でも降水確率30%やったよ?」
「30て低いか?」
 
梅雨時の30%の降水確率は低いんかな、高いんかな。
うーん…と悩む素振りをしてると
「そない真剣に考えんでもええわ」と平次。そのまま笑いながら会話を続ける。
 
「まぁ、梅雨なんやで置き傘くらいしといたらええんちゃう」
「そ、そうやね…」
 
『 平次、アタシほんまは…』
出かかった言葉をすぐに飲み込み別の言葉を発した。
「毎日じめじめ、やんなるなぁ」
それは、本心ではない言葉。
確かに毎日じめじめ、気分は爽快ではないんやけど
言葉とは裏腹に、内心、雨も悪くないな、って思ってるんよ。
 
やって、紺色で無地の平次の傘の中で―…
晴れの日よりも近い距離にいられるのが嬉しくて
ついにやけてしまいそうな顔を隠すのも、傘の中のが都合がええから。
 
「わー、服部と遠山、また相合傘しとるん!カップルやでカップル!」
中学の頃まではよく、そんな風に冷やかされとったな。
「そんなんちゃうわ!ボケ!!」って
すぐに平次が否定するから、アタシはちょっと残念な気持ちになりつつも
そんまま同じ傘に入れてくれて歩くことが嬉しかった。
高校生になったら、あんま、冷やかされることはなくなった気がする。
いつやったか平次、言うてたな。
「傘一緒に差しとるとるだけでいちいち冷やかされとったらかなわんっちゅーに」
 
そうよな、別に、おんなじ傘に入って歩くことくらい平次にとってはなんてことなくて
それがアタシやなくても、もし他に雨に濡れて困ってる子がいてたら
平次はきっと傘を差しだすんやろう。
 
「平次、ごめんな」
「なにがや」
「傘…」
「あー?別に謝ることちゃうやろ。オレが幼馴染濡れて帰らせる薄情な男に見えるんかー?
なぁ、和葉ちゃんはー」
「…や、平次、アタシ、ほんまは…」
 
さっきも口にしかけた言葉を再び発しようとしたその瞬間、アタシは初めて気づいてしまった。
 
「平次…肩…」
「あ?」
「肩、濡れてるで…。右…」
「あぁ―…。そら傘差しとっても多少は濡れるやろ」
違うよ、だって、
アタシの肩は濡れてない。
 
「平次、ごめんな」
「やから、いちいち謝らんでも―…」
「アタシ、ほんまは持っとるん」
「は?」
「傘…。鞄の中に折りたたみの…」
 
ほんなら自分の差せやお前は!って、きっとめっちゃ嫌な顔されるんかな、って覚悟しとったのに

「まぁ、今さら出して差すん面倒やろし、別にこのままでええんちゃう?」って真顔で言うから
平次の気持ちがほんまにわからんくって
わからんなりに、単純なアタシは
また変な期待、してしまうん。
 
平次、ひとりで傘差してたら、右肩が濡れることなん、なかったんよ?


「…ちゅーか、和葉」
名前を呼ばれた思ったら、腕を掴まれた。傘を持っていない右手で。
「え、ちょっと平次、何よ?」
「お前がもうちょいこっち寄ってこりゃ、オレの肩濡れずに済むんちゃうん?」
そう言って平次は掴んだアタシの腕を自分のほうに寄せた。
アタシの右肩は平次の左肩に触れる。


恥ずかしさを隠すように言葉を探す。
照れてしまうような台詞でなくて、いつもの憎まれ口。
「あー、自分で傘差さんでええんは、楽ちんでええなぁ。これからも雨の日はずっと平次に入れてってもらおうかな」
遠回しに、相合傘を誘っているかの台詞に、
「は、なに言うとんねん。次はお前が持つ番や」 って
平次は同じ傘に入ることはなんの疑問もなく了承してくれるん。
 
アタシが傘を持つことなん、全然かまへんよ。
そしたらアタシも肩くっつけてぴたっと寄り添って
今度は平次の右肩、絶対濡らさへんからな。


『小雨になってきたからもう傘、ええよ』
言うたらいいひとことがなかなか言えない。
もう、傘差す必要なんないくらいの小降りなのに
平次は傘を閉じない。


このまま家に着くんが先か、雨が止むんが先か。
平次の傘の中から
梅雨の空を祈るように見上げてみた。

 

++++++++++

ただただ、相合傘してるだけのお話でした。
SS自体久しぶりでしたが、
恋人未満のほうは8か月ぶりくらいでした。
…リハビリのつもりで…。

 

2016/06/26 UP

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