Time after teime

いらっしゃいませ

解けない謎と恋心

平次にも、解けない謎はあるんやろか。

アタシは、探偵の平次とずっと一緒に育ってきたのに、解けないこと、いくつもあるよ。
例えば今目の前にある、この、数学の期末テストの最後のquestion。
昨日平次に教えてもらったばかりの証明の問題。
平次は、めっちゃわかりやすく上手に教えてくれたんやと思うけど、
全部は頭に入って来んかったん。

シャーペンをスラスラ走らせる手先に見とれとったら、肘が当たっとることに気付いて、急に集中できんくなった。
平次は肘をそのままの位置に保って真横であれこれと説明を続けてた。
アタシが少し平次のほうに顔を向けると、
自分とは違う種類のたぶんメンズ用のシャンプーの匂いが時々鼻をかすめ、
やたらとドキドキしてしまってたんを隠すように
視線を逸らし、体の向きも少し変えて
でも、触れた肘だけはそのままにしときたくて、
体をちょっとだけ寄せた。

まったく動じず、証明問題を得意げに解き続けるんを見て、
平次にはそんな、下心みたいなもんはこれっぽっちもないんやな、と思ったら
ほんのちょっとせつなくもなった。

数学の問題を解くというただそれだけの行為の中でこんな風に忙しく心騒がして、
あぁこれが片思いなんやな、って
センチメンタルに浸ってしまって…
おかげで、今、この有り様や。

平次がスラスラ走らせてたシャーペンの先にどんな数式が並んでたっけ…。
思い出すのは「こんなん楽勝やで」って笑ってた平次の顔ばかり。
あとは、やたらドキドキしてしまったアタシの忙しい恋心。

教室の前方、アタシの席から斜め右に見える平次の席。
ちらっと視線を向けると、机に伏せて余裕そうな背中。
終了まであと約10分。
やっぱり平次には、簡単すぎる問いだったんやな。

む、とほっぺを膨らませて、平次の背中を睨んでも、
平次は気づくはずもなくて、ただ、悔しくなってくるばっかやから、
スラスラ…とは行かないながらも握りしめたシャーペンのペン先を最後の最後まで走らせて悪あがきした。

 

「あー終わった終わった!
今日部活もミーティングだけやし、なんか食うて帰るかー」
笑顔で近寄ってくる平次を前に、悔しさと嬉しさが入り混じって複雑な表情を隠しながらしばらく無言でいると
「あ?なんや?今の数学楽勝やったろ!
なんでそんな浮かない顔しとんねん」
と尋ねられて
「…全然楽勝やなかった。最後まで解けへんかったもん」
少し拗ねた子どもみたいに答える。

「はー?なんでやねん!昨日オレが教えた問題そのままの形式で出たやろ!
最後まで解けへんかったってどーゆーことや」
「せやから…っ。
昨日の時点で…理解出来てなかったん…」
「…は?」

あ。
また、アホかお前は、言われるかな。

そんな気持ちで平次の言葉を待つアタシに、平次は
「和葉、お前、今日もオレんち来いや」
って、思わずにやけてしまうような台詞。
でも、その顔はため息まじりの呆れ顔。

「もういっぺんその問題やるで!
オレの教え方が悪かったみたいで納得できんわ!
あんっなにわかりやすく教えたったのになぁ!」
「へ、平次のせいやないと思うで…。アタシがアホやから……」
「あぁそうやな!アホなお前にも理解できるように教えたつもりやけど、もっとわかりやすー問いたるわ!!」
「あ、アホアホ言わんでや!
平次みたいになんでも簡単に解ける人ばっかりちゃうんやから!」

売り言葉に買い言葉で勢い増すアタシの台詞に一瞬なにか考えたような素振りを見せて
「いや、オレにだって解けへん謎もあるわ…」
ひとこと小声で呟いた。

「平次にも解けないことがあるん…」
意外な言葉にびっくりして、下から平次の顔を覗き込んだ。

「ある、ある。オレの幼なじみはなんでこんなにー…」
「え?」
「いや、やめとくわ」
「なになに?アタシ?
オレの幼なじみはなんでこんなに可愛えんかな、って?」
「なんでこんなにアホなんかな!ってことや!ドアホ!!」

「もう、なんなん!!
アホアホ言わんで言うたやん!
それが謎なら一生解けへん!
一生悩んどったらええわ!!」

…アタシらなんでこんなくだらないケンカをしとるんやろ?
それもまた、簡単には解けない謎。


「部活、終わるまで待っとって。
で、問題理解するまで帰さへんでな。家に電話しとけや」
「え…」
平次の言葉に一瞬固まる。

問題理解するまで帰さない?
そんなん言われたら、アタシ、
別にその問い解けんくてもええって思ってまうよ?

きっと晩ごはんも食べてくってことになるやろし、お風呂も入ってくことになるかもしれんし、
もしかしたら泊まって………なんてことにはならへんとは思うけど
そこまではさすがに思ってないけど
肘が触れる以上のことはなにか起こるかもしれんやんな。

そんなことを考えてたら、数学の証明の問題なん、やっぱりどうでもよくなってしまった。
平次にスラスラ解ける問題、アタシが解けへんのは悔しいけど、
それよりも、いかに今日、平次と長く一緒にいるか、のほうが重要。


恋心は、数学よりも複雑で、
自分でも理解不能になる。
時々、思考回路全部ストップしてしまうこともあるし、
頭ばかりでなく
心までも胸までも、苦しくなって息すらできんくなる…。
この難問に答えはあるんかな?


「…あ?なんやお前、顔赤いけど調子悪いん?」
声をかけられてはっとした。

「…どこも悪くないっ!」
「何怒っとんねん。…やっぱり、よーわからんわ、お前のことは…」
「わからんままでええ言うてるやん。はよ、部活行き!」
「今行くわ、押すなや」


背中に触れた手が少し熱い。
鼓動が早いんも、自分でわかるくらい。
平次が戻る前に、平静を取り戻さんとー…。

少しの仕草や行動で、見透かされてしまうかもしれない。
好きな人が探偵いうんは、けっこう厄介やったりするん。
平次は探偵ゆうても、こういうことには鈍い方やと思うけど。

鈍いくせにー…。
「…顔が赤いなんて、そんなことなんで気付くん」

気持ちを読まれたら困る。
今はまだー…。
こんな、浅はかな下心も複雑な恋心も、全部解ろうと思ったら
事件解決するよりも難問なはず。
数式解くみたいにスラスラと、簡単に読み解かれたら困るんよ。

 

++++++++++

和葉ちゃんそんな、下心で勉強おろそかにしちゃう不真面目な子じゃないよ!
って声が聞こえてきそうですが(汗)
でも恋してて勉強手につかないって普通に誰にでもあることじゃないかなぁと思って(*^^*)
じれじれ話が久しぶりだからかなんだか難しくて、
私は結婚してたり子ども産まれてたりするほうが書きやすいなぁと思いました。

2015/09/08 UP

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