「なぁ平次、あたし、好きな人ができたんよ。
その人と付き合うことになったから、あんたともう二人で出掛けたり、事件現場に付いて行ったりできんから」
「は?お前、何言うとるん…」
「今までありがとうな、色んな所、連れて行ってくれて」
「和葉!」
***
目覚ましが鳴るより先に目が覚めた。
…と、思ったけど、今日は休日やで目覚ましなんかけてなかったわ。
最悪な気分で目が覚めた。
いや、目が覚めて、今のが夢やとわかったら、
ほっとした。
「そんなアホなことあるわけないわな…」
この自信は、どこから来るんやろか。
オレは、和葉に好きな男ができて付き合うなんて絶対にありえんことやって、心のどこかで思っとるん。
あいつはなんだかんだ、やいやい文句言うても結局オレの言うことを聞くし、
いつだってオレの行くとこくっついて来るもんやって。
今日も、午後から出掛ける約束をしとるん。
ちょっとでも遅れるとアイツごちゃごちゃうるさいで、たまにはオレのほうが早く着くように家を出たろうか。
あんな夢見たからってわけやないけどな。
そう、思った瞬間に、携帯の着信音が鳴った。和葉や。
「どうしたん?」
「あ、平次、ごめんな。今日、出掛けれんくなったん」
「あ?」
「どうしても外せん用事が出来たん。ほんまにごめん!」
「なんや、用事って。オレより大事なんか?」
「そんなん言わんでや。大事な用事や!」
「なんでや。前から約束しとったやん!」
「やから、謝っとるやん!なんなん?あたしらただの幼なじみやん、そこまで怒る意味がわからんよ」
は?
「ごめん急ぐから。またな!」
「おい和葉…!」
なんやねん、あいつ。
いや、オレもや…。
いつもやったら、あぁわかった、のひとことで済ませる話やん。
こんなイライラすんのは…
タイミング悪すぎやねん。
あんな夢見たあとにこれか?
用事ってなんや。
ただの幼なじみって、わざわざ言わんでもわかっとるわ!
突然予定がすっぽり抜けた午後をどう過ごそう…
なにより、あいつが今どこで何しとるかがえらい気になってしまってる。
もし、今、事件が起きても、
推理に集中出来んかもしれん。
ちゅーか、なんや、こんなときに限って、事件なん起きひんのや。
暇や暇、
あいつのせいで暇なうえに色んなこと悶々としてしまってる。
こんな休日は、いつもより、長いわ…。
***
部屋になにやら気配を感じて目が覚めた。
いつから寝とったんやろ。
貴重な休みを、結局寝て過ごすなんて。
今度は特に、夢なん見んかった。
せやから余計に、今朝の夢が頭ん中に残ってるん。
覚めた瞬間に目に入ったんは、見慣れたリボン。
今日は青か…。
携帯を握りしめ、カチカチ、真剣な顔で…
一体誰にメールしとるん。
しっぽが揺れて、振り向いた。
「平次、起きた?
ごめんな、ドタキャンして。お詫びにケーキ買うてきたよ」
「ケーキ?お前どこ行っとったん」
「友達がな…、失恋したゆうから、話聞いて、一緒にやけ食いしてきたん、ケーキ!」
「…」
「あんた、失恋ごときで、って思ったやろ」
「なんも言うてへんやん」
失恋?友達?
…そうか、友達か。
「今にも死にそうな声で連絡してきてん。ほっとけんやん…。
平次と出掛けるんよ、なんて浮かれて言えへんやろ?
あたしは…気持ちわかってはあげられへんし…」
「失恋する気持ちか?」
「わかりたくないな…。
けど、いつかはそれを知る日も来るのかもな…」
「失恋する気持ちをか?」
それは、どういう意味やねん。
和葉には好きな男がおって、そいつにフラれるかもしれんゆうことか?
それとも、そういう男がいつかできるかも、って仮定の話なん?
…こんなに近くにおるのに、
まだ知らんことがあるんやな…。
「なぁ平次、どれがいい?あんまり甘いの嫌やろ?あ、下行ってオバチャンも一緒に食べようか」
「……お前が…」
「ん?」
「お前が、失恋なんする日が来たら」
「え?
……うん…」
「オレが付き合ったるで、やけ食いでもなんでも」
「はっ?」
「ケーキはきついで…あれや、お好み焼きや、何枚食うてもええで」
「平次のおごりか」
「そうや」
「…それは無理や、平次」
「あ?」
「あたしが失恋する日が来たら…それはもう、あんたとは二人では出掛けられんゆうことやから」
「は?」
「どうせ、あんたにはわからんと思って言うてるけど」
…あぁ、わからんわ。
その、言葉の意味が。
ちょっと考えたら、もしかしたらわかることなのかもしれん。
オレ探偵やで?
けど、わかったらあかんような気もするん。
自分の気持ちさえ、わからんのに。
和葉のせいでモヤモヤしたりイライラしたり
この気持ちに名前をつけるのが
まだ、早いような気がして…。
けどそんなこと言うてたら、取り返しのつかんことにもなるんやないか?
あの、最悪な夢が正夢になったらー…。
「平次?早く選んでや。下に持ってくよ」
「出掛けられんなんて言うなや…」
「え?」
「今日の埋め合わせしてもらうからな!これからの和葉の全日曜日はオレのもんや!」
「はぁ!?」
何を言うとるん、オレは。
この気持ちに、名前をつけんかったら、
それをなくすことも、ない。
そう、今はただ、近くにおってくれるだけで、ええんやから…。
目が覚めた瞬間に、リボンとしっぽが目に入るだけで
なんでかオレは、ほっとするん。
変わらずに、おってくれたらそれで―…。
「あ、あたしは別にええけど…
あんたそんなに暇なん?」
「暇ちゃうわ、忙しいわ!
せやから近くにおって邪魔はすんなや」
「なんやそれ」
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