Time after teime

いらっしゃいませ

Bitter

「遠山さん、これ、服部くんに渡してくれへん?」
また…か。

昼休み。
赤い顔してうつむいて、震える手で
そんなん見せる相手がちゃうやろ、と思うけど、
その姿で平次の前に現れんで欲しい思うから、
ちょっとだけ…ほっとする。
「わかった。ええよ」
「ありがとうな」


それはそれは可愛らしいラッピングに、ほのかに香ってくる甘い匂い。
平次のために用意された、小さな箱。そこから伝わる大きな想い。

「なんで、自分で渡さへんねん…」
自分のことは棚にあげてつぶやく。
高校生になって、初めてのバレンタインデー。


アタシは、平次に、チョコを、渡すことはできるん。
でもその甘い小さな粒たちに、想いを乗せる事が、
どうしてもできないん。

好きともLOVEとも書けへんし、
何事もないような顔して平静を装って、
「義理やで」のひとこと。

毎年、毎年、
この、大事な日に、
女の子が勇気を出せるチャンスを与えられてる日に、


アタシは、一番大事な人に嘘をつく。


そんなアタシの気持ちを知ってか知らずか、
平次に渡して欲しい言うて、
アタシのところにチョコを持ってくる女の子たち。
アタシのこと、ただの幼馴染やって信じて疑わない子もおれば、
アタシも平次のことが好きやって、知っててわざと頼んでくる子も
きっと、おるんやと思う。

本命やってバレバレのチョコレート、
本人に渡せん気持ちはよくわかるよ。

けど、平次は、きっと笑って受け取ってくれると思うで。
昔からな、ぎょうさんもらったで、って、アタシに自慢してきたん。

アタシなんて、ただの幼馴染やって思ってるって証拠やんな?

 

今年もちゃんと、用意してるよ。
お父ちゃんや友達に作ったついでやって、笑顔で渡す練習もしたん。

ほんとはいっぱいいっぱい、好きやって、気持ち込めてあるんやけどー…。

 

…その前に、渡さなあかんな。
さっき頼まれた、可愛らしいチョコレート。

平次、どこにいてるんやろ?
また、どっかの誰かにつかまって可愛らしい贈り物を受け取ってるんやろか。

今日は、なんて長い一日なんやろ…。


*****


「平次!こんなところにおったん!寒いやん」
「なんや、和葉か」
「信じられん…真冬に屋上なん…」
「しゃーないやん。呼び出されたんや」
「え…。」
あぁやっぱり…。
平次の右手、これまた可愛らしい紙袋。
それ、、何個目なん?

「人気ものはつらいな~和葉」
「…ヘラヘラして、アホちゃう」
「はぁ?なんやて? 羨ましいんか?
お前甘いもん好きやったな。一緒に食うか?」
「あかん! そんなんあかん…!」
「あ?」
あぁ、つい声を荒げてしまった。

「それ、平次のこと好きな子が用意したんやで。アタシが食べたらあかんやろ…!」

「…まぁ…そうやな…」
「ちゃんと、全部食べなあかんよ。アンタ甘いもんあんまり好きじゃないかもしれんけど…」
よう、心にもないこと言えるな、アタシは。

今日はほんまに…嘘ばっかりや。


「で?なんの用やったん?」
「あ…」
「?」
「これ…これもチョコレートや。頼まれたん、アンタに渡して欲しいて」
「あぁ…。なんでお前に頼むんかな」
「いつも近くにおるし気軽に渡せるて、思われてるんちゃう?」

その意図は、ほんまはどうなんかはわからんけどな…。
平次を好きな女の子にとって、アタシがどんな存在か、なんて
よう、わかってる。

それでも、アタシに渡してきた理由はー…。

 

「なぁ平次、それくれたんどんな子か、気にならへんの…?」
「は?」
「アタシやないんよ?ちゃんとおるんよ、それをアンタに渡したかった子が。
顔、わからんくていいん?」
何を、言うとるん、アタシは…。
けどな、気持ちはわかるから…。

「別にええよ。興味ない」

え?

「興味ないて…アンタ…」
「なんや?お前、昔から近くにおったんやでわかるやろ。
オレそういうん興味ないねん。
もらったもん、つっ返したりはせーへんけど、ちゃんとお返しもするけど、
それだけやて」

平次の言葉を聞いて、ほっとしたような、
でも、胸のおくがちくっと痛いような、
そんな、不思議な気持ちになる。

それは、アタシに対しても、あてはまることなんやろか。

 

この、甘い甘い小さな粒たちから
気持ちが伝わってしまうなら、
それで、この関係が終わってしまうなら、

今日勇気を出すことになんの意味もないように思う。


いつだって平次の後ろくっついて、
平次もそれをなんも言わずに許してくれて、
でも、アタシらは甘い関係なんかじゃ決してなくて、
ただの幼馴染やし、
アタシはずっとずっと片想い。

いつかは終わりが来るんやと思う。
けどな、それは、別に、今日でなくてもいいん。


あぁ、アタシはなんて弱くてズルい。


「ほな、これ…受け取ってあげてな」
「あ、あぁ…」

さっきの女の子の、赤い顔が頭に浮かぶ。
なんていう子やったっけ。
違うクラスやからわからんな。
いつ、平次のこと好きになったんやろ?

考えても、仕方のないことや…。


「なぁ和葉。お前は…」
「え?なに?」

平次が少し低めのトーンで呼びかける。
アタシも小さい声で答える。

「いや、お前はー…。渡す相手なんおらんよな」
「…え?」
なんでそんなこと聞くん。
なんて答えて欲しいん?

「別におらへんよ。お父ちゃんとー…あ、クラスの子には配ったで。
友チョコってやつな」
「ほんま、色気のないやっちゃなー」
「笑わんでよ。アホ」

バカにされて、茶化されて。
でもこういう時間は嫌いじゃないん。

甘い関係なんかやなくても、今は、
この、一緒に笑い合える一瞬一瞬が、愛しくてたまらない。

「はい。これ、毎年恒例の…」
「ん?」
「作って余ったやつや。義・理・チョ・コ!」

今や、思うて、練習してきた言葉を発する。
アタシの手からもうひとつ、平次の手に渡るチョコレート。

「余ったやつな~…。友チョコやったっけ?」
「友チョコとは…ちょっと違うような…」
「まぁなんでもええわ。おおきに」

友チョコなんかやない。
義理チョコでもない。

いっぱいいっぱい気持ち込めたんよ。

アンタ用に、いちばん形のいいやつ選んだん。
味見やっていっぱいした。


それ、アタシの、本命チョコレートなんよ。


でも言えへん。
伝えられないん。

今は、まだ…。


「和葉のチョコ真っ先に食うたるで」
「え?」
「クラスのやつに渡したんやろ?毒見したるわ。
まぁこれで腹壊したら、他のチョコレート食べられへんくなるけどな」
「なんやそれ!失礼やな!」

毒見なんて必要ないねん。
なんべんも、味見、したんやから。

けどな…。

わざと激甘にしたから、それ食べたら、な、
甘いもんが苦手な平次は他の子からのチョコレート、
食べられんくなるかもな。

いちばん最初に食べてくれるって、自惚れてたわけやないよ?

 

「甘っ!お前どんだけ甘くしとるん」
「平次、よく頭使うし、脳に糖分必要かな、思うて」
「いらんわ!」
「…捨てんでよ」
「捨てるか。食べるわ」
「…」
「…けど、来年からは、もうちょいビターなやつにしといてくれや」
「わかった…」


来年。
来年のバレンタインには、言えるんかな、ほんとのこと。

 

小さな甘い粒たちに、伝わるようにと願いを託して、
出せる勇気を出し切って、
大好きやって、言葉も添えて。

 

いつかは、そんなバレンタインを。

 

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2014年、片恋バレンタインです。
高1設定です。
2014/02/14 UP

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