Time after teime

いらっしゃいませ

ボクは和葉ちゃんが大好きなんだ。

和葉ちゃんが、お嫁に行くんだって。


その日が近付くにつれ、家の中もなんだかバタバタ、そわそわしてる気がする。
この部屋から出ないボクにもなんとなくそれは伝わるんだ。
ボクも一緒に連れて行ってくれるのかな。
もうお別れなのかな。
そんなことを思っても聞くことができないのがもどかしい。


小さい頃はよく、ボクをぎゅうって抱きしめて直接話しかけててくれたけど、いつからかそれはあまりなくなってしまってた。
ベッド脇のチェストの定位置に座りながら、部屋での彼女をずっと見ていた。

ため息をつきながら浮かない顔で部屋に入るときは、きっと彼と喧嘩をしてきたのだろうと、想像するのは容易だった。
朝はたいてい浮かれて出て行く。
登校時も、2人だけで出かける約束の日も、
高い位置で結わえた髪をリボンと一緒にゆらゆら揺らして
毎日会ってるはずの彼なのに、会えるのが相当嬉しいんだろうと、見送るボクも嬉しかった。

友達との電話。ちょっとした恋の悩み。彼氏のぐち。のろけ。
好きな人との電話。小さな喧嘩。大きな喧嘩。
「ごめんな」「ありがとう」「好きやで」…時々涙を流しながら
そういう会話をするときは、震える手でボクをぎゅうって抱きしめてた。


あの日の電話はきっと今まででいちばん声のトーンが高かった。

「あんな、蘭ちゃん、ついに言うてくれたんよ。
平次に、プロポーズされたん!!」
電話の相手にもボクにも、その幸せさが十分伝わる声色。

「え?プロポーズの言葉?
それは恥ずかしいから秘密や蘭ちゃん……」

なんだ。ボクも気になったのに。
ちょっとがっかりしていたら、電話を切ったその手でボクは持ち上げられ、
久しぶりにぎゅうってされた。 
ボクのほっぺが少し濡れた。
和葉ちゃんは泣いてた。

 

そういえばボクは、一度だけ、彼のほうにも話しかけられたことがある。
この部屋で2人で過ごす休日、痴話喧嘩が始まって、和葉ちゃんが部屋を出て行こうとした。
「は?お前どこ行くねん」
「お茶取りに行くだけや!」
バタンとドアが閉まった瞬間に
はー、っとため息をついた彼はボクに気付いて
「うわー懐かしいな!和葉がちっさい頃から大事にしとったウサギのぬいぐるみやん」
そう言いながら手に取った。
「あいつ物持ちいいなぁ」って、耳をひっぱったりしっぽつねったり。
おいやめろ、触るな、ひっぱるな、って思っていたら、

「なんやまたあいつ怒らせたわ。
いっつも喧嘩になるん、なんでやろな。
えらい大事に思っとるんやけどな」
彼は突然真面目な顔をして言った。

次の瞬間、
「うわっ、オレなにぬいぐるみに話しかけとんねん!気色わるー!」
って大声で叫んできたんだけど。

ほんとだよ。
ぬいぐるみのボクに話しかけるんじゃなくて和葉ちゃんに言ってやれよ。そう、思ったけど…。
でもきっと彼は素直になれないだけで
思ったこと全部は言えないけれど、和葉ちゃんはちゃんとそれをわかっているんじゃないかな。
喧嘩してても楽しそうで幸せそうで。
だからボクは彼のことを憎めないんだ。

そのあと部屋に戻った和葉ちゃんと彼はいつの間にか仲直りして笑い合って
彼が和葉ちゃんをぎゅうって抱きしめるところも、ボクはしっかり見てしまった。

 


ガチャっと部屋のドアが開いた。
和葉ちゃんが帰ってきた。
今日もデートだったんだ。
出かける前の準備からも帰ってきてからの行動からも、彼に会う日はすぐにわかる。
全身から幸せオーラを放って和葉ちゃんはにこにこ笑ってる。

突然、ボクをひょいと抱きあげそのままベッドに倒れ込んだ。

「あーもうすぐやな、ドキドキするなぁ。アタシ、平次のお嫁さんになれるんよ!
奥さん、なんて呼ばれたりするんよね、めっちゃ照れるわぁー」
話しかけられるのは、すごく久しぶり。

もしボクが普通の人間で言葉を話せたら、和葉ちゃんの幸せな話に相槌を打って一緒に喜んであげられるのに。
「よかったね。おめでとう」って真っ先に言ったあと、「和葉ちゃんは可愛い奥さんになるよ」って伝えるんだ。
「あの色黒の探偵にはもったいないんじゃないかな」なんて、ちょっと意地悪なことも言ってしまうかも。
でもボクは知ってるんだ。
世界中で、和葉ちゃんをこんなに幸せにできるのはあの人だけなんだって。
小さい頃から和葉ちゃんを見てきたからよくわかる。


「一緒に、平次んところ行こうな」

もう和葉ちゃんとお別れなのかなって、モヤモヤしてた不安が消えた。
和葉ちゃんがいらない、って言うまでどこまでも、一緒に行くよ。
ボクは和葉ちゃんが大好きなんだ。
彼みたいに和葉ちゃんをぎゅうって抱きしめたりすることはできなくて、
こうしてぎゅうって抱きしめられるばかりだけど。
大好きな気持ちも、彼には、負けてしまうかもしれないけど…。

彼を待って寂しいときもボクはそばにいるよ。
喧嘩したり、嫌なことあってイライラしたら、当たってくれたっていいんだ。
嬉しいときはまたぎゅうってして。
のろけ話だっていくらでも聞くから。
ボクはただ、大好きな彼の隣で幸せそうに笑う和葉ちゃんを、
ずっとずっと見ていたいんだよ。


よほど浮かれてるのか、和葉ちゃんはボクにちゅってした。子どものときしてたみたいに。
それはとても、嬉しいんだけど……。
要するにあの色黒の彼と間接キスしたことになるのか…ということは、
あまり考えないほうがいい…か、な。


++++++++++

もし和葉ちゃんが大事にしてたぬいぐるみに心があったら、という
ちょっとしたホラー…ファンタジーでした(*^^*)
大阪在住のぬいぐるみだけど標準語にしました。
サイトにいつも来てくれて、メールでもお話してくれてる方が
ウサギのぬいぐるみ抱っこしてるチビ和葉ちゃんのイラストを描いてくれて、
それがとても可愛くて、
大人になってもお嫁に行っても大事にして欲しいな、って気持ちで書きましたヾ(o´∀`o)ノ

2015/09/10 UP

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