Time after teime

いらっしゃいませ

この手を離さないと決めた日

人差し指の先を小さな手でぎゅっと握られるたびに、
愛しさがこみあげる。

もしもあの日、平次がアタシの手を離しとったら、
この小さな手がアタシの指を握ることもなかったんやな。
そんなことを考えたら泣きそうになってしまう。
いつまでもそんな泣き虫なアタシやあかんよな。
なんて、小さな寝顔に話しかけても、なんも答えてはくれんのやけど。


「おい、メロンパン買うて来い言うのに、店まで指定すんなや。えらい遠回りやったで」
病室のドアが開くのとほぼ同時に文句を言いながら、
今日父親になったばかりの平次が顔を見せる。

「そうそう、これや!これがずっと食べたかったん!」
体重管理やなんやって、ずっと我慢しとったから、食べたいな、って思っとったけど、
「お前晩飯食うてないんか」
「食べたよ。けど、やたらお腹空くん。甘いもんはあんまよくないらしいけどな、今日くらいはなー」
食べたいな、って、思っとったけど、

ほんまはな、そんなことは口実で、
いったん帰ってしまった平次にもう1回来て欲しかったん。
顔が見たい、なんて言えへんから…
きっかけはなんでもよかったんよ。


平次の視線が小さな寝顔に向く。
もしかしたら、今まで見たことないかもしれんような、優しい表情をしてる。
最初に顔見たときは、ちょっと照れてあたふたしてた気がする。
少し余裕、出てきたんかな。


「分娩室入るまで、痛い痛い叫びまくっとったのに、けろっとしとんのやな」
平次はベッドの隣の椅子に腰を掛けて、視線の先をアタシの方に向ける。
口調はいつも通りやけど、表情はいつもより優しいまま。

「アホ。そんなん、出してしまえばもうなんともないに決まってるやん。
痛みだって、忘れてしまったよ」
「もう忘れたんか」
「忘れたよ。顔見たらな。…今までの人生で一番痛かったんは確かやけど」
「一番、か。まぁそらそうやな。オレにはわからんわ」
「平次は、今まで一番痛かったんは?撃たれたとき?矢で刺されたとき?」

「あぁ………そんなんは、痛いうちに入らんけど」
「そうなん?痛かったやろ?」

「どうやったかな」って、平次言うけど、痛い痛い、言うてたよな…撃たれたとき。
いつかの思い出話を語るといつも、鮮明に思い出すよ。
平次今までどんだけ危ない目に遭うてたっけ。
そのたびにアタシ、めっちゃ心配したんやで。
…って、たいていアタシが原因やったな……。


「お前が撃たれんくてよかったって、ほっとしたことは覚えとるけど」
「え?」 
平次が突然、小さな声で呟いた。
「手だって、離さんくてほんまによかった思うし」
続けて出た言葉は、さっき、アタシも考えてたこと。

「アタシも思うよ…平次の手、離さんくてよかったなって」

平次の手は、絶対に離さない。
それはあの日だけではなくて、これまでの人生でずっとずっと思ってきたこと。

平次もまた、同じことを思ってくれたから、今この奇跡みたいな幸せがあるんやと
アタシは信じて疑わないよ。


「なぁ、指な、差し出すとぎゅって握ってくるんよ!」
「平次もやってみん」、言うアタシに、
「それ反射的なもんらしいで」って、
言わんくてもいい余計なセリフを口にしながら
でも、そっと指を差し出すのを見て

あぁアタシやっぱり、平次の手が、
すごくすごく好きやな、って実感した。


「ちっさいなー、ほんまに!」
「あたりまえやん。
な、めっちゃ可愛いよな!」

抱いてみる?いやこわいわ。大丈夫やって。
そんなやり取りを数回繰り返したあと、
平次はその手に宝物を抱く。

まだ、ぎこちなくて、全然姿も、様になってなくて、
見てると思わず笑えてしまうんやけど
アタシ、こういう平次にも、会ってみたかったんよ。ずっと。


「平次、ありがとう……」

「あ?」
咄嗟に出た言葉に、不思議そうに首を傾げて、なにがやって問う平次に、

「メロンパン、買うてきてくれて…」
さっき言いそびれたお礼をすると
「あんま夜中に食いすぎんなや、ブタになるで」
って、いつもみたいな憎まれ口。

照れくさかっただけや。
ほんまは、ありがとうの理由は他にもあるん。
いっぱい、いっぱい、あるんよ…。


「おい、なんや、ふにゃふにゃ言うとるけど…泣きそうやで」
「ほんま?お腹空いたんかな」

平次の腕から再び、アタシの腕に渡った瞬間、またすーすーと寝息を立てる。 
「抱き方悪かったんちゃう?」
「慣れてへんねん、しゃーないやろ」
「はは。そうやな」
新米やもんね。お互いに。


「あんま、長居せんとくわ。お前寝てへんやろ。今日も寝れるかわからへんし」
話してるうちに、けっこういい時間になってた。
思わず服の裾を掴んで、引き止めそうになったけど…やめた。
「うん…平次もお疲れ様やね。また来させてしまって、悪かったな…」

これからだってずっと一緒なのに、ちょっと離れるんも寂しいな。
そんな、子どもみたいなことは口には出せへんけど。
家族だって、増えたんやしな。


「明日も、来るで」
「無理せんでもええよ」
「別にお前に会いに来るわけちゃうわ」
「あっ、そ。でも事件優先やで」
「わかっとるわ」
相変わらず、素直やない会話を少しして、
「ほんなら、帰るで」って、平次が立ち上がる。

次の瞬間、アタシの頭を軽く撫でながら、耳元でひとこと。

「和葉、おおきに」

そのあとなんも言わんと、平次は行ってしまった。


「…え?」
アタシ別に、お礼を言われるようなこと、してへん気がするけど………。


頭、優しく撫でてくれた平次の手は、やっぱり、
あの日―…この先なにがあってもこの手を絶対に離さへん、て決めたあの日
ぎゅっと強く握ってくれた手と
なんも、変わらへんのやな。

 

「あんたもいつか、この手を離さないって、
守って、守られる大事な人、ちゃんと見つけるんよ」

人差し指をぎゅっと握って眠る姿を、飽きずにずっと眺めてる。
平次に似てるとこはどこかな。
面影を探しながら、未来の姿をも想像したら、また優しい気持ちになるよ。
不思議やね。
大好きな人とのDNA半分ずつ受け継いで、誕生して、
これからしばらく一緒に生きていく。

アタシが
平次に出逢っていなければ、平次に守られてこなければ、
今ここには、存在しなかった命。


++++++++++

自分が、直前にメロンパン食べてたな、ってすごい覚えてて、
平次にメロンパン買ってきてもらいました(*^^*)
オデッセイ見ると和葉ちゃんすごいいいお母さんになるだろうなって思いますよね(≧∇≦*)
平次はあたふたしながら育児してそう。
和葉ちゃんが買い物したいからって、ちょっと見とって、って抱っこ紐ごと渡されて、
前にちっこいのくっついてる平次を想像したらすごく萌えます

2016/06/28 UP

inserted by FC2 system