Time after teime

いらっしゃいませ

sweet emotion

「平次…?」

ビクンと体が震えた瞬間、少し戸惑って手を止めた。
オレの動きを表情を、和葉は見逃さんかった。
心配そうに、でも甘い声でオレの名前を呼ぶ。

薄明かりの中でも、和葉の顔はよく見える。
瞳が少し潤んどっても、大きく見開いたその目からは覚悟が伺えた。
今まで飽きるほど一緒におったのに、こういう顔は見たことがないように思う。
そら、そうやな、
だって今日は初めてのー…。


「平次、アタシ、大丈夫やで?
こわく、ないよ……」

ちょっと顔を紅くして震える声で、
そんなん言われても調子狂うねん。
いつもの勢いはどこ行ったん。
今までちょっとええな、って雰囲気になっても
いきなりなにすんの、どこ触っとるん、やらしいことせんといて、まだそういうのは早いねん、
って、ぎゃーぎゃー騒いどったんに、今日は、なんでこんなに……。


『受験終わるまでに覚悟決めとくからな』

思えば長い1年やった。
部屋で2人きりになるたびに、切れそうになる理性の糸をつなぎ止めるんがどれだけの苦行だったんか、わかっとったんかなこの女は………。
って、わかるわけないわな。

『受験が終わるまでに』
自分で口にした期限の間にどう、覚悟をしてきたんやろか。


「こわいのは、オレのほうかもしれん…」
「え?」

高校を卒業して桜の季節を目前にした今、
オレのベッドの上、オレの体の下で
完全に受け入れる態勢の幼なじみにいざ、触れようとしたら
震えてるんは和葉のほうだけやないと気がついた。

「こわいってなにが?平次にもこわいもんあるん?」
くすりと笑いながら和葉が口を開く。
「笑うなや。それなりに緊張もすんねん!」
「なんやの、今まで散々、やらせろ、やらせろ、って言うとったくせに」
「アホ!そないストレートに言うてへんわ!
……まぁ、やりたかったんは本音やけど」
「…ほら、アホやん」

…けど、手が止まってしまった。

オレはこないヘタレな男やったん。
自分が情けなくもなる。

生まれてすぐに出逢わせられて、一緒に成長して、ずっとずっと、誰よりも近い存在で、
それなのに、恋やと気付くまでにえらい時間かかって…その気持ちを伝えるまでにこれまたえらく時間を要した。
恋だの愛だのよりも、もっと特別な感情があったように思う。

早く、オレのもんにしてしまいたい気持ちは常にあったけど、
いつだって、隣で無邪気にくったくなく笑う幼なじみに
触れてしまったら、こいつの中のなにかを壊してしまう気がして
オレが、和葉の中のなにかを変えてしまう気がして
ぎゃーぎゃーと、騒ぎながら拒否されるんを凹みつつも、ほんまは心のどこかでほっとしとったのかもしれん。


大事だから触れられへん気持ちと、
大事だから触れたくなる気持ち。
どっちも、真実で、本物で、
きっとどんな男も経験することやと思う。
…そう、あっちの名探偵はどうやろか。
どんな気持ちでずっと幼なじみやった大事な彼女を抱くん。
こんなときにあいつの顔を思い浮かべるんは気色悪い気がして、その考えは一瞬で頭から消した。

ただの幼なじみやった頃は、和葉に触れる理由がなくて
それを探してばかりやったのにな。
守るためやと肩に触れ手を握り、そういうときには平静を保てとったけど
明確に触れられる理由がある今、それを躊躇ってしまうなんて。


「……」
沈黙が続くとなんとなく気まずいな。
中途半端にはだけさせた服もキャミソールの下、背中側のホックに手をかける前にその手を止めてしまったから、肝心のもんは見えへんし、何やっとんねん、ほんまにオレは…。

こんな自分を悟られたくなくて、
軽く唇を重ねる。
それだけで満足出来るような、いややっぱりこんなもんで満足なんかできるかいな、と
この期に及んでも心ん中での葛藤は続く。


「なぁ平次」
「なんや」
数回重ねた唇が離れた直後、沈黙を破り、口を開いたんは和葉の方。
「アタシら、やらしいことしてしまったら、何か変わるんかな…?」
「え?」
「多分な、なんも変わらんと思うんよ。せやから、大丈夫や…」
大丈夫、は2回目か。今度は微笑みながら。

…こいつは、ほんまに…
アホで鈍感な女やと思っとったら、時々、オレの気持ちを見透かしたようなことを言う。
今この瞬間に、『大丈夫』って笑うん。

「あ、けどな、変わらんことはないかもしれん!」
「あ?」
「もっと平次のこと好きになると思うから…楽しみかも」

「楽しみて、お前も相当やらしいな」
「ちゃうもん!最中やなくて、終わったあとの話やもん!」
「最中って言うなや」

「だって他に言い方ないやん…」
鼻の上まで布団をかぶり、拗ねる和葉を見とったら、
オレがこいつに触れる理由とかもうそんなん考えることがアホらしい気がした。
オレやって楽しみやねん。
どんな風に変わらんくて、どんな風に変わるんか、
もっと優しくしたくなるんか、もっと愛しく思うんか。
たぶんこの、和葉に対する感情に、名前をつけることはえらい難しくて、
難しいからこそ
触れるまでもなくわかる気持ちと、触れることでわかる気持ちと、
…全部、これからの長い人生でもっと知っていったらええ。


「まぁ、最中も、ちょっとは楽しみかも…」
布団を下げてひょっこり顔を出して、上目使いで、和葉は照れながら小声で言葉を発する。
…なんやて?

あぁそうやな、最中も、楽しみやな。
「ははっ」
「なに?なんで笑うん?」
「だってお前…。いや、オレら結局、ムードもなにもないんやな、って」
「アタシのせいかな…ごめん」
「どうせはじめから上手くなんてできへんねん。笑ってくれとったほうが気が楽や」
「なんやそれ」

お互いの笑い声がやんだタイミングを見計らって、もう1回キスをして、背中のホックに手を回す。
プチっと外れた瞬間に、和葉の体がやっぱり少しだけ震えた。

また、オレは一瞬戸惑ったけど、
それを見せれば和葉はきっと、さっきと同じように、『大丈夫』って笑うんや。

髪、頬、唇、肩、腕、胸…
順に触れるたびに生まれてくる、名前のつけがたい感情に支配されるんも
えらい、心地がいい。
微笑んだ和葉の顔を思い浮かべて…
もう、この手を止めようとは思わんかった。

 

++++++++++

和葉ちゃんのことが大事すぎてなかなか一線越えられない平次の葛藤書きたかったんですが、いやいやあいつそんなん思わずガンガン行くだろ!って思わないこともなかったり…
なんて嘘です!和葉が大事で大事で大事で大事で葛藤に葛藤を重ねるんだと思います!(私の願望)
葛藤の末にいざというときちょっと失敗しちゃうくらいの彼ならなお愛しいです。
和葉ちゃんはそんなときもきっと、楽しい楽しいって、笑ってくれると思うんだ。
一線超えたあとも変わらない2人だったらいいですね。

2015/03/04 UP

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