Time after teime

いらっしゃいませ

少しだけ泣いてた

柄にもなく、別れ際に抱き締めた。
馬のしっぽみたいな髪の毛が揺れて、オレの好きなシャンプーの香りが鼻の奥をかすめる。
「平次…?」
一瞬戸惑ったように腕の隙間からオレの顔を覗き込んで、上目づかいで目を見開き、その大きな瞳は少し潤んで
…少しだけ泣いてた。


「和葉、どないしてん?」
「なにが?」
「いや…なんもない」

抱き寄せて抱き締めて、たぶん今、数十秒。
後少し…と、回した手を強めると、
「平次…?」
和葉はさっきと同じ行動を繰り返す。

 

ほんの数日前に、工藤と会話したんを思い出す。

「マリッジブルーってやつじゃねーのか?」
「なんでブルーになるん」
「そりゃ、家を離れたり環境変わったりするんだから、色々不安にもなるだろ。
相手がお前だし」
「最後の一言が余計や。
…お前んとこのねーちゃんもそんなんなったんか?」
「蘭…は、…蘭もそりゃあ少し寂しそうな不安そうな顔してたこともあったぜ」
でも式当日はえらい幸せそうな顔しとったな。
それを思い出したら少しほっとした。

「和葉が元気ないときあるんやけど」まさか、そんな相談を東の名探偵にする日が来るとはな。
苦笑いしながら電話を切った。

 

「平次、心臓の音速いな。ドキドキしとるん?」
「あ?普通やわ」
体勢を変えずに、数分が過ぎたような気がする。

「ここ、お前んちの前やった。オトンに見られたらあかんな」
「ええやん別に。見られても」
「アホ。気まずいわ」
「…明日、打ち合わせ1時からやからな。遅刻せんでな」
「あぁ」
抱き合ったまま、式場の打ち合わせの予定を確認し合う。

強く抱いてた腕をゆるめ、和葉の顔を見た。
やっぱり、少し………。


「なぁ和葉」
「ん?」
「お前、後悔…してへんか?」
「後悔って?」
「オレと、これから一生一緒に生きてくって決めたこと」

「なにアホなこと言うてるの?」
さっきとはころっと表情を変えて、笑いながら和葉は答える。

「引き返したいって、思うことはまったくないんか?」

やっぱりオレは、柄にもないこと言うてるな。
だって和葉が泣くから。なんでや、って、ちょっと心配になったん。
工藤は、大丈夫、って笑っとったけど。


「引き返す、かぁ……。
そしたら平次を好きになった、子どもの頃まで戻らなあかんな」

「もう、へんなこと言わんといてや!」
返す言葉が見つからへんオレに、和葉はやっぱり笑いながらそう言う。

「なんやねん。お前が………泣くからあかんねん」
「ちょ…な、泣いてへんよ!」
「泣いとるわ。ほら、涙」
「これは………」

目元に少し触れると、赤い顔して、一瞬言葉に詰まるん。

「嬉しくても、泣けるんよ。
せやから後悔とかやなくて……。
あ、でも少し寂しい気持ちも、正直あるかな…」

「寂しい?家から出るんが?」
これこそマリッジブルーゆうやつか?

「それもあるけど………そうやなくて…」
「なんや」

「アタシ、平次の恋人になれたとき、めっちゃ嬉しかってん」
「うん」
「もう、恋人同士ではなくなるんやな、って思ったらな…ちょっと寂しいかな」

…そんな発想があるんか!
オレはちょっとびっくりして、同時にそんなことを言う和葉が可愛くて愛しくて、
ゆるめた手を再び強めてぎゅっと抱いた。

「恋人同士やなくなる、ってなんや別れるわけとちゃうねんで」
「そうやけどー…」
「おかしなこと言いよる」
「まぁ…なんでもええんやけど…。
平次と一緒にいられるなら」
「ただの幼馴染でも?」
「それは困るかな…ちゅーとかできへんし…」
「うわ、いやらしー、和葉ちゃんはなぁ!」
「もうっ。別にそんなやらしいこと言うてへんやん!」

照れながら怒る和葉の頭をしっぽごと支えて顔を引き寄せキスをすると
また瞳が潤んどるんがやたら可愛くて
離れた直後にもう1度唇を重ねた。

「泣き虫やなー和葉ちゃんは」
そう言うて茶化しながら頭を撫でる。
「…もう、否定はせんよ…」
オレのことで泣くんは、嫌いではない…いやむしろ好きやと思う。
せやから、「もう泣くな」とは、強くは言えないんや。

嬉しくても泣ける。そんな和葉の言葉を聞いて、思い出す。


そういや、
あの日も、オレの和葉は、
少しだけ泣いてた。


初めて『好きや』と伝えて、ただの幼馴染から、恋人同士になった日。
気付かんフリをして、涙を拭ってもやらんかったけど…そうか、
泣くほど嬉しかったんか。

やっぱり、どうしようもなく、オレは
泣き虫な和葉が可愛くて愛しい。

 

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私よく、タイトルからお話考えることがあるのですが、
このお話もそうなんです。
泣かせてしまいました。また、和葉ちゃんを…^^

2014/09/21 UP

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