Time after teime

いらっしゃいませ

初めて迎えた朝の会話は

「なんで顔隠すん」
「…見られたくない…」
「なんでや」
「へんな顔しとるもん…」
「やらしい顔か」
「ちゃうて!なに言うてんの、アホ!」
「昔っからよう知っとる顔やで。今さらちょっとくらいおもろい顔しとったってなんとも思わへんわ」
「おもろい顔ってなんやの」


まだ少し体温が高い身体をシーツに沈め
目が合わないように枕に顔を埋める。
自分がどんな顔してるんかもわからんのやけど、気を抜くと思い出してにやけてしまいそうやし
平次には見られたくない。
昨夜は初めてアタシの全部を見せたけど、朝が来ればやっぱり恥ずかしいん。
早く、いつも通りのアタシらに戻ったらいいのに、なんとなく
漂う空気は熱い夜をまだ引きずってる気がする。

 

それはそれは甘い時間で
夢みたいな瞬間で

やっぱりこれは夢で、目が覚めたら
アタシらは17歳の高校生で
平次を好きだけど片想いで、平次はどこかにいるはずの初恋の相手なんかを探しながら
アタシのことなんて子分としか思わずただの幼馴染のまま…
そんな現実なんかな、って思えたりもしたけど
目が覚めたら
アタシらはもう高校生ではなくてただの幼馴染でもなくて
この部屋で平次のベッドで恋人らしい夜を過ごして
隣で眠ってた平次の横顔はなんだか知らない人みたいな、いや、でもやっぱり
昔から知ってる恋しい人で
その恋しい人と初めて迎える朝にどんな顔してどんな言葉を交わせばええんやろ、と
幸せな悩みが頭ん中を支配してる。


「あーもう、どないしよう!」
「なんやねん、イキナリ大声出すなや」
「…平次と、やってしまった…」
「やったとか言うなやドアホ!」
「い、いかがわしいことしてしもうた…」
「いちいち言葉にせんでもええねん」

…ほんま、なにを言うてるんやろアタシは―…。
だって、こんなアホみたいなことでも言うてないと、照れくさくてしゃーないねん。
気を抜くと、思い出して、にやけてしまいそうなんやって。

いっぱいいっぱいなアタシと対照的で、余裕あるように見える平次の態度がなんか…悔しいんやけど。
平次はどう思ってるん? ちょっと気になるよ。


「平次…、か、感想は…?」
「感想?……別に」
「別に!?なんかあるやろ!
嬉しいとか幸せやとか和葉が可愛くてしゃーないとか!」
「…ほんならお前言うてみん」
「え……。…別に…」
「せやろ」
「やって、胸がいっぱいいうかいろんなこと思うし頭ん中まだぐちゃぐちゃやし、
そんな、簡単な言葉じゃ言い表せないん」

「そういうことやって」

それは、平次も、おんなじ気持ちってこと…?
胸、いっぱいなん?


「まだ6時やん。もうちょい寝かせろや」
「寝るん…?今から寝て、何時に起きるん?」
「目が覚めたら」
…そんなん…、それまでずっと、アタシ、アンタの寝顔見てるよ?

 

「…なぁ平次」
「なんや」

「アンタ、初めての相手がアタシでよかったん?」

「はぁ!?」
「…」
「それ、今言うん?
終わったあとに?もうどうしようもないで?」
「そうやけど…」

アンタはほんまにアタシとおんなじ気持ちで、この朝を迎えとるん?
後悔してへん?
そんな心配、してしまったん。


「まぁ…いいも悪いも…ないわな。
最初も最後もその間も、お前だけやと思うし」


寝る、って言うて閉じてた目を再び開いて、手を伸ばしてアタシの頬に触れ
平次はいつもより優しい口調でそう言うた。
いつの間にかアタシも、顔を隠すんをやめて平次の寝顔見ようとしてたから
目が、合ってしまった。


「アタシだけ…?ずっと…?」
「文句あるん?」
「アンタ探偵なのに、いろんなこと知ってるのに、女はひとりしか知らないままか……」
「探偵関係ないやろ。ひとり知っとりゃ十分やで。
…ほかにもおるやん、そないな探偵が」
「うん…そうやね」
「ごちゃごちゃ言わんと寝かせろや」

言い方はいつも通りな気するけど
そうか、こんな状況やったら、平次は、嬉しいことも優しいことも、言うてくれるんやな。

アタシも、もう少し寝ようかな…
隣で目を閉じたら、やっぱり昨夜のことを思い出してにやけてしまう。

 

それはそれは甘い時間で

アタシを守ってくれてた手がぎこちなく触れるんも
いつもより強く抱き合えるんも
ひとつひとつが夢みたいな瞬間で


小さい頃から隣にあった肩が、いつからか少しだけ高い位置になってた肩が
アタシの目線、斜め上の角度からアタシを抱いて
そのときの平次の顔は
今まで見たことないような 
でも、ずっとずっと見たかった表情(かお)で

いつかこんな日がきたら
いちばんキレイでありたいと思ってたアタシは、平次の目にどう映ったんかな。


ただ嬉しくて幸せで
泣きそうになるのをこらえながら平次の腕の中で目を閉じて

 

―朝が来たら
話したいことも伝えたいことももっとたくさんあったはずやのに

アタシはやっぱり恥ずかしさのが勝ってしまって…

初めて二人で迎えた朝の会話は
そう、普段より特別なわけでもなかったん。

 

でもきっと、いつだって、思い出すんやと思う。
初めて愛してもらった夜のことを思うとき、目覚めた朝もすごくすごく幸せだったこと。

最初の女も最後の女もアタシだけでええって言うてくれた、平次の言葉は

一生
一生この心に残って消えないんやと思う。

 

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毎度おなじみのお布団の中でのやりとりでした…。
『はじめて』の朝のお話。

2014/07/10 UP

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