Time after teime

いらっしゃいませ

いつかの恋バナ

「お母ちゃんは、お父ちゃんのどこがそんなに好きなん…?」
「え?」

こんな質問、もうなんべんもしたことあるん。
お母ちゃんはいつも子どもみたいに照れながら、
「別に、そんなに好きとかちゃうよ。
平次がどうしても結婚して欲しい言うから結婚したんよ」
なんてはぐらかす。

でも今日は、ちゃんと答えて欲しい。
あたしも、真剣なんやから。

「お母ちゃん、あたし、好きな人ができたんよ」


*****


夕食の片付けを終え、ソファでほっと一息つくお母ちゃんの隣に座り、
「ちょっと話してもええ?」と声をかける。
お母ちゃんは笑って「なに?」と答える。いつもの、母娘の他愛もない会話。
でも今日は、いつもと違ってちょっとだけ、照れくさいような話。

「お父ちゃんなんて、事件があるとあたしら放ってすっ飛んで行くし、お母ちゃんにいっつもアホだのトロイだの口悪いし、
どこがそんなにええん?…色黒やし」
「あはは。あんたは色白くてよかったな」
「笑いごとやなくて…」
「よう言うわ。あんたも小さい頃は、お父ちゃんのお嫁さんになるー、言うてたんよ」

…そんなこと、言うてたっけ、そういえば。
でも子どもながらにわかっとったん、お父ちゃんの隣はお母ちゃんのものでしかないことを。
あたしを愛してくれるのとはまた違った特別な意味で、お母ちゃんだけを愛してるん。

「どこが好き、かぁ…。あらためて聞かれるとなぁ…」
「思いつかん?そりゃ、お父ちゃんも優しいとこあるし、かっこええと思うけど、お母ちゃんには他にもいい人おったかもしれへんよ」
まぁ、二人が結ばれんかったらあたしはおらんかったわけやから、それはすごく困るんやけど、
なんていうか…お母ちゃんはモテとったみたいやし、ちっさい頃から知ってるたった一人を選ばんくても、
いくらでもおったんちゃうかな。恋をする相手なんて。
子どもなあたしが思う、素朴な疑問よ。


「アタシには、平次しかおらんよ」

にっこり笑って答える、その顔は、いつもの冗談言うときとはちょっと違うんやけど、
やっぱり少し赤い顔をしてる。
お母ちゃんの心からの言葉を、聞いた気がした。

幼馴染みで、小さい頃から一緒におって、一緒に大人になって、一生一緒にいると神様に誓って。
そんな恋がこの世にあるんやな…。しかも、こんな身近に。

お父ちゃんとおったら、怖いことも悲しいこともいっぱいあったって、お母ちゃん言うてたな。
けど幸せやったって、いつもいつも楽しかったって。
そんな恋があたしもいつかできたらいいと、二人を見て思ってたん。

 

「どんな人なん?好きな人って」
「…けっこう人気あるんよ…。陸上部でな、足めっちゃ速いんやけど、推理小説とか推理ドラマ見るのが好きなんやって!
色はまぁ黒いほうで…」
「そうなん。ちょっと平次に似たとこあるやん」
「そうかも。あ、でも、色黒なんはたぶん日焼けな!」
「はは、平次は日焼けちゃうもんな」
お母ちゃんとの恋バナは、友達としてるような、そんな感じがするん。
幸せそうに笑うから、今でもたった一人に恋してるのがわかる。


「初めて好きになった人…なんて子やっけ」
「近くに住んでた…たっくん」
「そうそう」
「ほんで小学校のときは…同じクラスのりょうくん」
「そうやったな、写真見せてくれたよな」
昔から、いいな、って思う男の子がいたら、いつも、お母ちゃんには話してきたん。
今思えば、恋なんて呼べるものやったかどうかもわからんのやけど。
高校生になってからのそれとは、ちょっと…違う気がする。

「ずっと一途やったお母ちゃんからしたら、気が多い思うかもしれんけど…」
「そんなこと思わへんよ」
「ほんまに?」

「アタシらはただ、あんたを幸せにしてくれる人に出逢ってくれたらそれでいいん」

…こういうときのお母ちゃんは、すごく優しい顔をしてて…。
娘のあたしが言うのも変かもしれんけど、めちゃめちゃキレイ。
学校でも、よう、言われるんよ。
「服部さんのお母さん、若いな、めっちゃかわええな」って。
大好きなお父ちゃんと、毎日一緒におるからなんかな…。


「なぁ、ケーキでも食べる?そういや昼間買うてきたんよ」
「今さら?もっと早く言うてよ。まぁ食べるけど…」
「ごめんごめん、忘れとったん。お茶も淹れるから」
いったんソファから立ち上がり、ケーキと紅茶を持って再びあたしの横に座り、
お母ちゃんが話し出す。


「好きな人ができたんやったら、ちゃんと、伝えなあかんよ」

ケーキを口に運ぼうとする、フォークを持ったその手が一瞬止まる。
「こわいわ…」
気持ちを知られるのは怖いよ。相手が自分を、どう思ってるのかわからんうちは…。

「そうやな…」
「お母ちゃんもこわかったん?
最初から両想いやってわかっとったんやないの?」
「そんなわけないやん。ずっとずっと片想いやったよ。
平次はアタシの気持ちになんか全然気付かんかったし、いっつもアタシより大事なもん追っかけとったんよ」
「うそや…」
お母ちゃんより大事なもんてなに?


「ほんまや。
けど…
平次はアタシを、いつも側におらせてくれたから。
それがすごく嬉しかったん」


…そんな話も、実は聞くのはこれが初めてではないよな。
あたしは女やから、お父ちゃんにはなかなか、こういう話を聞いたりはできないんやけど。

「お父ちゃんも…ずっと好きやったんやと思う」
「それはわからんけど。
平次がいつからアタシを好きかとか、今となってはどうでもええんよ」
「たぶんな、小さい頃からずっとずっとお母ちゃんのことが好きやったんよ!」
「それはないなぁ」
「お母ちゃんは、あたしから見ても鈍感やから気付かんかっただけや」
「えー?」


お母ちゃんが側におりたかったん?
お父ちゃんが側におって欲しかったん?
どっちなんかな、って、ふと考えてみたけど、
その問いの、どちらにも不正解はない気がして考えるだけ無駄やと思った。

ニ人の願いが重なって、あたしが生まれたん。

 

「お父ちゃん、今日も遅いんかな…」
「そうやね、最近忙しいもんな。
事件事件事件、なんは、昔から変わらんな。
…まぁ、いないほうが気楽でええよな」

そんなこと言うけど、ほんまは寂しいくせに。
いつも帰ってくると、めっちゃ笑顔で出迎えとるやん。
そんでいつの間にか喧嘩が始まってたりするんやけど、気付いたら仲直りしとるん。


小さい頃から、誰よりも二人の近くにおるのに、いまだによく、わからへんよ。
ただ、昔からずっとそんな二人なんかな、って、それだけはわかる。

 

お母ちゃん、あたし、好きな人ができたんよ。

あたしも、お父ちゃんのこと色黒やってバカにしつつも、どっちかゆうと色の黒い人のが好きかな、って思っとったん。
高校生になって、毎日グランドを駆けるちょっと色黒の人に憧れた。
高2になって同じクラスになれて浮かれとったら、その人、話しかけてくれたんよ。
推理小説や推理ドラマが好きなんやって。
昔、有名な高校生探偵だったお父ちゃんの話を聞きたい言うて…そう、お父ちゃんの話で仲良くなれたん。
あたしの話を、キラキラした顔で聞いてくれる姿を見てたら、嬉しくて、
もっとその顔を近くで見てたいと思ったん。

そんでな、その、お父ちゃんの話を、キラキラした顔で話してくれた、お母ちゃんが浮かんだんよ。
お母ちゃんたちみたいに、一生ものの恋になるかは、まだ、わからへん。
けど、そうなったらええな、とは思う。
せやから…これからもたくさん聞かせて欲しい。相談に乗って欲しい。
どうしたらニ人みたいになれるのか、恋を知ったばかりのあたしに教えて欲しい。


「お父ちゃんと付き合ってからの話も聞かせてや」
「お母ちゃんたちの話聞いてもおもろないやん?
あんたの好きな人の話しとるのに…」
「えー、もっと聞きたいよ。
初めてちゅーした話とか、初めてえっちなことした話とか」
「…それ、聞きたがるにはまだ早いで」
「もう17になるんよ、あたし」
「アタシ17のときそんなこと考えてなかったよ」
「好きな人と一緒におったのに考えてなかったん?まったく?」
「それは…」

いい年して、顔を赤くするお母ちゃんがやっぱり可愛くて、もっとからかいたくなる。
こういう顔、お父ちゃんにも見せてあげたいな、なんて思うけど、
そんなこと思う必要なんてなく、お父ちゃんは娘のあたしが知らないお母ちゃんも、いっぱいいっぱい知ってるよな。


『お母ちゃんの、どこがそんなに好きなん…?』
おんなじ質問を、今度はお父ちゃんにしてみようかな。
たぶんな、お母ちゃんよりもっと赤い顔してテンパって、
お母ちゃんとおんなじこと言うん。


あたしの、まだ始まったばかりの恋の話は、
まだまだお父ちゃんには話せないんやけどな。

 

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過去ではなく、未来の「いつか」です。
そういえば初めて、自分より年上の和葉ちゃんのお話を書きました^^

2014/04/30 UP

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