「あかん…鍵、忘れてしもた…」
早く、平次に会いたいなって思って家を出たら、
肝心の合鍵を忘れた。
「あたしアホやわ~…」
大学は冬休みに入ったけど、平次はいつも事件やなんやって走り回って忙しそう。
今日は家にいてるって聞いてたから、久しぶりに部屋にきた。
主のいない部屋は静かで、帰ろうかとも思ったけど、そのまま部屋の前に座り込んでみた。
いつ、帰ってくるんかな…
そう、思いながら目を閉じて待ってるんが、そんなに嫌ではない気がして…いや、むしろ、心地よくて、
このまま長く座っていようかなって思ったん。
いつも忙しそうな平次に、あたしが出来ることはなんやろか?
せめておいしいもんでも作って待ってようかと思ったのに、
鍵忘れたら意味ないやん…。
あ。
「つめた…」
頬にそっと、白い粒。
雪や。
東京はこの時期、雪が降るんやな…。
「平次がそんな走り回らなあかんなんて、世の中物騒やんな」
さっきから携帯も通じんくて、
雪も降ってきて寒くて、
余計な心配かもしれんけど
ちょっと嫌な予感もしてきたん…。
「平次のアホー。遅いわー。寒いー」
…アホはあたしやねんけど…。
想いが通じても、ずっと一緒におれるって思っても、
時々泣きそうになるよ。
ただ、好きやねん、てそんな気持ちがなんでか、
せつなくなるときがあるん…。
嬉しいとか寂しいとかそんないろんな気持ちで、
胸がいっぱいになって溢れそうになる。
昔から、ずっとそう。
「はぁ~…」
吐く息が白い。
でも、平次の部屋の前で待つのは嫌じゃない。
だってほら、
近づいてくる。聞きなれた、足音…。
「お前、こんなところでなにしとるん」
「平次~…遅いやん。今日なんかあったん?」
「まぁ…たいしたことやなかったけど…ちょっとな。
って、お前なんで外におるん?寒いやんけ」
「鍵忘れたん」
「アホか!んなら帰れや」
「嫌や、待ってたかったんやもん」
「風邪ひいたらどないするん」
「そっちこそ。頭に雪積もっとるでー」
「…お前、目赤いけど…泣いてへんよな…?」
「なんで泣くん!」
「オレに会いたいな、って?」
「アホ!あたしがいつもいつもアンタのことで泣いてる思ったら大間違いやで!
勘違いせんといて」
「ほ~」
「…ちょっと、心配にはなったけど…」
「心配すんなって。
それにしてもなぁ、お前が鍵さえ持っとって暖房つけといてくれとったら、今部屋ん中暖かかったろうにな」
「そんなん、暖房効くまでくっついとったらええやん!
あたしがあたためてあげるよ」
「そんな冷たい身体でなにを言うん」
身体は冷たいかもしれへんけど、
ふたりで、部屋のドアを開けて、
今、あたし、すごくあったかいよ。
だから、あたしも…。
ごめんな、鍵、忘れてしまったから、
部屋も暖かくせんとおいしいもんも用意できんで、
でも、あっためるから
あたしにそれができるなら、平次の心、あたたかくしたい。
「和葉、はよこっち来いや」
「え?」
「くっついとるんやろ?暖房効くまで」
寒いのは苦手やけど、
こういうとき、冬もいいな、って
思うんよ。
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