休日の午後。
我が家の男たちは今日も仕事に出掛けてしまっていないのやけど、この広い家には可愛らしい笑い声が響きわたる。
それはもう、ずっと昔から変わらないこと。
彼女専用の湯呑みに緑茶を注ぎ、彼女のために買うてきたケーキにナイフを入れる。
あぁ、ケーキには紅茶のほうがよかったやろかと今さら気付き、彼女のマグカップに手を伸ばした瞬間…
「オバチャン、あたし緑茶でええよ。
オバチャンの淹れるお茶好きやもん」
うしろから、可愛らしい声がして振り向く。
「あ、オバチャン、そんなんあたしがやるからええて。」
「せやかて、あんたもせっかくの休みなんやからゆっくりしとり。
平次、急に仕事が入ってしまって、一緒に過ごせんようになってしまったし、いつも悪いな思うてるんやけど…」
「そんなんええて、あたしオバチャンと話がしたくて来たんやもん。平次おったら平次の話できやんし」
「どんな話聞かせてくれるん?
この前行ってきた旅行の話でもしてくれる?」
「うん、いっぱい話したいことあるんよ。今日写真見せよ思うて、プリントして持ってきたん」
休日の午後。
普段見たことない息子の姿を、この可愛らしい彼女から聞く時間。
今の私の、至福の時間や。
「和葉ちゃん、私もな、あんたに見せたいもんあるんよ」
「え、なに?」
「これ食べてからな。和葉ちゃん運んでや」
「はーい」
「これな、平次が生まれたときから撮ってる成長ビデオなんやけど…」
「わぁ、すごい量やね!
あたしこれ見てええの?」
あの子が生まれたときから撮り続けている成長記録も、薄いDVDに何枚もの量になった。
1ヶ月後に控えたその日を最後に、このわが子の成長ストーリーも取りあえずの終わりを迎えるんやと思うと、
なんや、しんみりもしてしまうな。
「いつからやったかな…和葉ちゃん、あんたが、いつでもどこでも一緒に映ってるようになったんは」
「え、あたしそんなにいっつも映っとった!?
ごめんな、オバチャン」
「そうやのうて…。
感謝しとるんよ
おおきにな、いつもあの子のそばにいてくれて。
平次、熱くなると周りが見えんくなるあないな性格やけ、よう怪我もしよったし私も心配しとったんやけどな、
いつだって和葉ちゃんが近くで支えてくれとったやろ、
このままずっとあの子の近くにおってくれたらええなって思っとったんよ」
息子をもつ母親として、いつかほかの誰かのもとに行ってしまうことは覚悟していたつもりや。
それでもさみしさや、やきもちに似た感情は少なからずあるものだと思うのやけど、
私はもう随分前からそんな気持ちとは無縁だったように思う。
もう、何年前になるんやろ…。
はじめてその愛らしい笑顔に出会ったときから、なにか、不思議な縁のようなものを感じてた。
あの子の手が私ではなくその小さな手に繋がった瞬間、いつか来るであろう幸せな未来を想像し、
微笑んでしまったことも懐かしい思い出や。
まさかそんな、幼い時期の出会いが一生のものになるだなんて100%信じられてたわけではない。
けれども小学校、中学校、高校、大学と、
いつまでもあの子の後ろを笑顔で追いかける姿を見続けてたら、
いつの間にかそれは私の想像から、確信に変わっていった。
この子ならきっと一生、
私の大事な大事な息子を、私と同じように大事に大事にしてくれるんやと。
「オバチャン…あたしが平次を支えとった、なんてちゃうよ…。
平次はあたしのせいで危ない目に遭うたこともなんべんもあるんよ、
いっつもあたしを守ってくれたん。
あたしをそばにおらせてくれたんは、平次のほうなんよ。」
少し頬を赤くして恥ずかしそうに話し出すその顔は、
なんだかとってもキラキラしてはる。
あぁこんな風にこの子はずっとずっと、
平次のことだけを想うてくれてたんやな。
そして平次もまたこの子を守れることを誇りに思いながら、
私の知らないところで成長していって、
ビデオには映りきらなかった時間も全部、二人で一緒に過ごしてきたんやね。
この、可愛い人を我が家にお迎えできることが、今なにより嬉しいんや。
それはもうずっと前から、私が願っていたことやから。
「オバチャンありがとう。
あたし、平次が大好きや。
絶対平次を幸せにする」
赤い頬とキラキラはそのままで、さらに笑顔を付け加えて
和葉ちゃんは私にそう言うた。
一瞬…
もしかしたらこの子は私の息子には、もったいないとちゃうやろか…。
我が息子に対して、そないなことを考えてしまった。
「そら、安心やな。
せやけどそれは平次が言わなあかんセリフやで」
「それはもう言うてもらったで大丈夫や」
なんや…。
ここにもひとつ、ビデオには映らなかった二人だけのエピソードが。
あたりまえやな。
いつの間にか、子どもではなくなってたんやもんね。
平次も、和葉ちゃんも。
「そうや、旅行の話や。写真持ってきはったんやろ、見せてや」
「そうやそうや、オバチャンのビデオみたいに上手には撮れてへんけどな」
「…なぁ、そろそろオバチャンはやめて、
“おかあさん”て言うてや」
「え…。
おかぁ…、なんや、照れてしまうな」
「今すぐ、が無理なら、1か月後までには呼べるようにしときなさいよ」
楽しみやね、
その日が。
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